87%の営業マネージャーがプレイングに追われている——管理職になる前に知るべきこと
営業マネージャーの87.3%がプレイングマネージャー(リクルートワークス研究所2019年)。実務と管理の二刀流の現実と弊害、AI時代のMGの変化、そして「なるべきか否か」の判断基準を解説する。
編集部
「ハル、マネージャーになって良かった?」
部下にそう聞かれたとき、正直に答えられなかった。
33歳でマネージャーになった。チームの売上責任を持ちながら、自分でも週3件以上商談に出ていた。部下の育成をしながら、上への報告をしながら、自分のノルマも追っていた。
「マネージャーとは何か」を考える時間すら、なかった。
これ、俺だけじゃなかった。
87.3%という数字の重さ
リクルートワークス研究所が2019年に実施した調査(n=2,183)によると、日本の営業マネージャーの87.3%がプレイングマネージャーだ。
プレイングマネージャー(以下、プレイングMG)とは、部下のマネジメント業務をしながら、自分自身も営業として数字を持つマネージャーのこと。
87%というのは異常な高さだ。欧米では「マネジメントと個人業績の分離」が当然とされており、30〜50%程度という調査が多い。日本は特異なほど「管理職も数字を持つ」文化が根付いている。
なぜ87%になるのか。理由は二つ。
一つは人員不足。マネージャーポジションを新たに設けても、実務をこなす人手が足りないため「あなたはMGだけど現場も頼む」となる。
もう一つは文化的な期待。「背中で見せる」「数字を持たないと説得力がない」という価値観が根強い日本の営業文化において、プレイングMGは「当然」として扱われる。
プレイングMGが組織に与える本当の弊害
「がんばれば両立できる」と思っている人がいるかもしれない。でも、データと現場経験から言う。プレイングMGには構造的な限界がある。
チームの業績がマネージャー個人に依存する
プレイングMGが自分の数字を追う時間を増やすと、部下への関与が減る。結果として、チームの売上の多くが「MGの個人成績」で構成される状態になる。
これは組織として致命的だ。MGが休んだら、転職したら、病気になったら——チームの業績が消える。「再現性のない組織」は、拡張も承継もできない。
部下育成が「後回し」になる
マネジメントの核心は「部下の成長を支援すること」だが、自分の業績プレッシャーがある中でそこに時間を割くのは難しい。
「育成は大事、でも今は自分の案件が忙しい」という状況が続くと、部下は「この会社では育たない」と感じて離職する。高い採用コストをかけて入れた人材が定着しない根本原因が、ここにある。
自分自身が「成長しない」
MGになった本来の意義は、個人から組織への視点を持つことだ。戦略の設計、採用の判断、評価制度の改善、チームカルチャーの醸成——これらを学ぶ機会が、プレイングで潰れる。
その結果、「30代後半のプレイングMGが、30代後半のプレイングMGのまま50歳になる」というキャリア停滞が起きる。
AI時代のMG像:「本来のマネジメント」への回帰
ここに、転換点が生まれている。
AIが実務の一部を肩代わりし始めた今、プレイングMGの「実務」部分がどんどん自動化の対象になっている。
- 商談後のCRM入力・日報作成 → AI支援
- 提案書のたたき台作成 → 生成AI
- 市場データ・競合情報の収集 → 自動化ツール
- 顧客への定型フォローメール → MA連携
これが意味することは、プレイングMGが「実務に使っていた時間」の一部が、マネジメントに使える時間に変わる可能性だ。
AIを使いこなせるMGは、初めて「本来のマネジメント」に集中できる環境を手に入れる。
逆に「AIを使わず、実務も全部自分でやり続ける」MGは、AI活用している競合に人月あたりの生産性で差をつけられる。
AI時代のMGに求められるのは「戦略を立て、人を育て、組織をデザインする力」であり、「自分が一番商談できる」ではなくなっていく。
管理職になるべきか、ならないべきか——判断基準
「MGにならないか」と打診された人に、具体的な判断軸を提示する。
MG向きの人の特徴
- 「人が育つのを見る」ことに喜びを感じる
- 数字の責任を「チームの数字」として持てる
- 戦略・仕組みを考えるのが好きで、それで人を動かしたい
- 「自分が動かなくても成果が出る組織」を作ることに興奮できる
MG向きでない人の特徴
- 「自分で動いて成果を出す」ことに最大の充実感がある
- 部下の失敗に巻き込まれることへのストレスが大きい
- 数字の責任はあるが、権限(採用・評価)が伴わない環境だ
- 実務から離れることでスキルが落ちることへの恐怖が大きい
MG向きでないからといって、キャリアに詰まるわけではない。
営業企画の平均年収は847万円、営業推進は872万円(JACリクルートメント実績値)というデータが示すように、個人スキルを深めるスペシャリスト職でも高年収は実現できる。「マネージャーになれないと年収が上がらない」という前提は、今の時代に当てはまらない。
「とりあえずやってみる」の危険性
「どうせなってみないとわからない」という言葉で、深く考えずにMGを受けた結果、2〜3年でメンタルを崩す人を俺は複数見てきた。
MGになったあとに「向いていなかった」と気づいても、元の担当職に戻ることは社内政治的に難しいことが多い。慎重に判断する価値がある。
「なった後」に備えておくべきこと
もしMGになることを選ぶなら、事前に確認・準備すべきことがある。
確認すること
- 自分のプレイング比率はどのくらいか(上長に聞く)
- 部下の採用・評価権限が自分にあるか
- マネジメント専任に移行できる条件は何か
準備すること
- 部下一人ひとりのキャリア志向を把握する時間を最初に確保する
- チームの数字の「分解」ができるようにする(誰がどの指標を動かすか)
- 自分が担当する案件を「段階的に引き継ぐ計画」を作っておく
プレイングMGとしてスタートしても、「マネジメントに移行するロードマップ」を持っているかどうかが、1〜2年後に大きく差が出る。
最後に——マネージャーという役割の本質
俺がプレイングMGとして最も後悔していること。それは「部下の一人の転職を止められなかった」ことだ。
その部下は本当に優秀だった。でも俺が忙しすぎて、彼が何を求めているかを把握できていなかった。退職を告げられて初めて気づいた。
マネージャーの本来の仕事は、部下の可能性を引き出し、組織が自走できるようにすることだ。その仕事を「プレイングで忙しいから」という理由で後回しにし続けた結果が、その喪失だった。
管理職になるかどうかを悩んでいるなら、「自分はこの本来の仕事をやりたいか」を、まず問うてほしい。
年収より、役職より、その答えが一番大事だ。
参考文献
- リクルートワークス研究所「プレイングマネージャーの実態と課題」(2019年、n=2,183)
- JACリクルートメント「営業職種別年収実績データ」(2024年)
- Salesforce「State of Sales(第6版)」(2022年)— AIと営業組織変革の関係
- パーソルキャリア「営業マネージャーのキャリア意識調査」(2022年)
よくある質問
- Q管理職になると年収は上がりますか?
- なるとは限りません。プレイングマネージャーとして実務も抱えた場合、労働時間は増えても年収の上がり幅が小さいケースがあります。管理職手当の有無・インセンティブ設計・権限の範囲を確認してから判断することが重要です。
- Qプレイングマネージャーを避けるには転職するしかないですか?
- 転職が一つの選択肢ですが、現職でも交渉の余地はあります。プレイングMGの負担を具体的に数値化して上長に提示し、マネジメント専任化・ポジション分割・採用増などを提案することで環境改善を試みることができます。
- Q管理職を「断る」ことはキャリアに悪影響ですか?
- 会社によります。ただ、営業企画・RevOps・シニアIC(スペシャリスト職)など、管理職ではない高評価・高年収の職種は存在します。「管理職=キャリアのゴール」という前提を外して、自分の得意と市場価値から判断することをすすめます。
ハル
35歳営業企画マネージャー
テレアポ300件/日の時代から、AI活用で月次戦略を回す立場へ。どん底を知っているから、リアルな話しかしない。